電脳コイル 11巻

電脳コイル11 (トクマ・ノベルズEdge)
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おすすめ平均
starsアニメとは全く違う展開

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メインキャラの子供たちをとりまく、「電脳メガネ」にまつわる、作品世界の謎そのものに踏み込み始めた今巻。
今までまったく伏線だと思っていなかった描写が、次々に繋がっていくカタルシスで、途中で放りなげなくて良かった、11巻まで付き合って良かったとホントに思った(笑)。

終盤のイサコと兄との対峙における、兄のあまりに人間としての器の小ささ、ゆえにタチの悪さは、これまでの悪く言えばうんざりするほど積み重ねてきたメインキャラの関係性や、メガネを使わなくとも人心掌握術に秀でているイイジマのエピソードがあればこそ、より引き立つ。ほか、カンナの事故死の真相とイサコとの関係、それにさらにたぶん繋がるであろう、メガネがなくとも電脳力を持っているらしい京子、等々、詳しい概要はネタバレになりすぎるので書けない。

まだ次巻がある(回収してない伏線もまだまだある)けれど、個人的にはうまく理想的なまとめ方になってきていると思う。アニメ版とは設定が違うが、アニメ版のドラマ描写が失敗していただけに、小説版なりの解釈によるリベンジの感があって、この11巻はかなり溜飲が下がるものだった。


追記。さて、そろそろいい頃合いだろうから引用する。

ああ、と思った。どうしようもなく絶望的な気持ちに襲われて、あたしはその場に座りこんでしまいそうだった。
「力を貸してくれ」
朗らかに高らかにお兄ちゃんがそう言いきった。勝った、そういう響きだった。ぼくは勇子の説得に成功した。
あたしの頬を熱いものがつたった。
お兄ちゃんは余裕をとりもどしていた。勝者の笑みであたしに近づくと、ささやくように優しく言った。
「かわいそうに。泣かなくてもいいんだよ。勇子、君は悪くない。ぼくが君を守ってあげる」
けれども、涙は次から次へとあふれ出た。胸の奥から言いようのない悲しみと憐憫が噴き出して、あたしはどうしてもそれをとめることができなかった。
このひとはだめだ。
しぼり出すような感情であたしは悟っていた。
このひとは子どもだ。しかも、救いようのない。


「だいじょうぶ。だれにも言わないよ。君が悪い子だなんて」
お兄ちゃんがささやきつづける。
いまさらそんなことが、と思った。いまさらそんなことが脅し文句になると思っているなんて。そんなことであたしがさからえなくなると思っているなんて。
かんなさんの電脳事故のことを、あたしはいま自分から原川研一に言える。そのことでなぐられても責められても、あたしは弁解なんかしない。じっとそれを受けとめる。
小此木優子や橋本文恵にも言える。それを知ったら、彼女たちはあたしをちゃんと憎んでくれるだろう。憎んで、あたしといっしょに涙を流してくれるだろう。
脅し文句なんかなんにもならない。脅し文句なんかより、あたしを愛そうとする罠のほうが何百倍も深くて怖いということを、あたしは飯島聡子の甘言で知った。「信じる」ということで、相手を支配し壊す地獄もあるんだと、あたしは“信者たち”に教わった。
お兄ちゃんと別れ、お兄ちゃんをたすけたいとただそれだけを願っているあいだにも、あたしには長い時間が過ぎた。いま目の前で、さも保護者のような顔をして、あたしのことをなんでも知っているつもりで立っているお兄ちゃんより、何百倍も何千倍もあたしは生きた。いろんな感情と出来事にもみくちゃにされながら。


このひとは子どもだ。あたしよりずっとずっと。
目の前のお兄ちゃんが、慈悲に満ちた目であたしを見る。あたしの涙を勘違いしている。
あたしが隠しごとを指摘されて苦しくなって、それで泣いていると思いこんでいるのだ。
「お兄ちゃん」
今日はじめて、こころから呼びかけた。
「なんだい、勇子」
お兄ちゃんが優しく応える。
お兄ちゃん。哀れなひと。

あたし天沢勇子は大黒市でお兄ちゃんと巡り会った。7年ぶりの再会だった。お兄ちゃんはメガマス社に勤務しながら、声としてあたしを見守りつづけ、あたしを指導し、あたしの電脳力を信じて“あっちの世界”への通路を開かせてくれた。

けれども、あたしに7年の年月が流れたということを、お兄ちゃんは知らない。お兄ちゃんはあたしに《メガネ》を通じて“メガネつかい”たちを思うようにあやつろうと持ちかけた。それは“メガネつかい”の親たちを、メガマス社そのものをうごかしたいという、彼の素朴で無邪気な野望だった。あたしは泣いた。お兄ちゃんがあまりにも7年前のままだったから。あたしがそのあいだにお兄ちゃんを追い越してしまったから。

それなのに、あたしはいまだにお兄ちゃんにさからえない。お兄ちゃんから7年という時間を奪い去ったのはあたしだということが、痛いほどわかっているから。お兄ちゃん、許して。あたしはあの日からずっと叫びつづけている。お兄ちゃん、今度こそ裏切らないから。あたしを許して。お兄ちゃん。