第20話『ラバピョンのキス』

■『恋力』
「好き」という「気持ち」について考える/その2
(その1は10話)


今回の20話と次回の21話はひとまとまりの話で、
「前後編」と考えたほうが良さそうです。

10話『はじめての好き』では、コメットさんは、
パニッくん兄から「好き」と言われたり、ケース
ケ、イマシュンと三角関係っぽくなったりするも
のの、コメットさんの中では、「好き」の「気持
ち」もなく、「好き」という「言葉」の意味もわ
からない、という段階でした。

ですがそこから、今回までのあいだに、コメット
さんの中で、ケースケを特別に意識する、という
「気持ち」が生まれています。
ケースケのほうは、のちにちゃんと「好き」だと
気づくのですが、コメットさんが「好き」だとか、
「恋」だとか、言葉の概念でその「気持ち」を理
解することは最後までありません。

10話の「かいせき」で、
「まずコメットさん自身からではなく、脇のキ
ャラで描写してから、最後に同じことをコメッ
トさんに体験させる、という構成が多い」
と書きました。

今回の20〜21話は2本合わせて、その構成のと
おりになっています。
20話ではラバボーがラバピョンのプルプルチョコ
を食べてしまい、ラバボーはラバピョンに嫌われ
てしまう。そして「山火事」という事件をきっか
けに、ラバボーは頑張るところを見せて、ラバピ
ョンと仲直りする。そのとき、『恋力』が発動し
ます。
コメットさん自体に「恋心」が芽生えて、発動す
るわけではないのです。

脚本のおけやさんは、コメットさんが「恋」をす
るにしても、段階を踏ませたかった、と語ってい
ますが、ケースケとの関係が進展しても、コメッ
トさん自身の『恋力』が発動するシークエンスは
皆無です。

『星力』が「星の子たち」の「力」を借りるもの
であって、コメットさん自身に「力」そのものは
ないこと、それと同じく、他人(といってもラバ
ボーだけですが)の「恋」の「力」を借りるのが、
『恋力』なのか。
シリーズ後半では『星力』が足りないので安易に
『恋力』で代用する、というシーンが多い、とい
うのも引っ掛かります。
つまるところ、コメットさんにとっては『恋力』
は『星力』の代用品でしかない、というふうにも
思えます。

それはやはり、「恋」という「言葉」の「概念」
そのものが実体化したのが『恋力』なのかもしれ
ません。コメットさんには「恋」の「気持ち」は
あるにしても、それが「言葉」の「恋」とイコー
ルにならない。
だから、『恋力』も、他人事でしかない。

むしろ、『恋力』が本当に意味を持つのはメテオ
さんの場合なのでしょう。


今回の20話のラバボーとラバピョンの関係は、21
話でコメットさんと、ケースケの関係を描くため
の「補助線」です。
前編(20話)はまず、その「補助線」のみです。
そして、それが「恋」なのですよ、と登場したの
が『恋力』。
じゃあ、本題のコメットさんと、ケースケの場合
はどうなのか、それが後編(21話)です。

そして後編は前編のように、簡単に「ケンカ→仲
直り」とはいかないということがリアルに描かれ
ます。

後編につづきます。(2002/06/29記)