selector infected WIXOSS 第11話「あの夏は憧憬」

WIXOSS」のゲームルールを説明しないのは別にいいのだが、セレクター絡みの、願いが叶う条件さえもどんどん曖昧になり、それを「行き先の見えない思春期の心象」とダブらせてる分、理屈ではなく(理屈ではどうにもならないので)不穏な空気感や、今回のサブタイトルが示すような幸福な「夏」にたどり着かないかもしれないでもたどり着きたいといった、季節感で語らせてる感じはある。今回に限らないが背景画や色味の効果に結構比重が置かれているのもそのせいだろう。
そういったアプローチの仕方である以上、お話がどこへ向かうのか分からないので視聴者は色々展開を予想する楽しみはあるのだが、作品側が正解とは行かないまでも、ある程度の明確な落としどころやアウトラインを示すかどうかは怪しく、例えバッドエンドではなくとも漠然とした心象風景を示して終わる可能性は高い。視聴者も妄想の着地点を見つけられずに不安なまま放置されることになるだろうが、それがストレスのままで終わるか、良い意味で視聴者側で勝手に発展していくか、さらにはそれらが作品側に回収されてアニメ二期に上手く繋がるような好循環を生むのか、個人的には良い方向に転がることを期待したい。

selector infected WIXOSS 第9話

前回に続き、同じアニメでブログで感想書くなんて久しぶりだ。

さすが泥沼の展開。「セレクター」外部の人間の香月がどう動くのかと思っていたが、遊月(CV花代)の言葉に絡め取られてしまうし、そうするとあとはるう子がバトルの楽しみに対する葛藤を乗り切って、「セレクター」の呪いを破壊する方向に持って行くか。「友達を救う」目的でバトルしようとすると、それも「願い」になってしまうやっかいさがあるから、ひたすら無心にバトルに徹する他ないのだろうな。そのためには伊緒奈との対決が不可避だろうし、あきらっきーがどう絡むのか、というのもあり、楽しみだ。

セレクターが願いが叶ったらルリグ化(カード化)されて、実際に『WIXOSS』のカードで売るというのも、えげつないが販促の一つではある(笑)。劇中でルールをあえて説明しなかったのも今思えば功を奏してると思う。

selector infected WIXOSS 第8話

本当はシリーズ終わってからコメントするつもりだったんだけれど、リアルタイム(ネット配信等も含む)視聴中にあれこれ展開予想する楽しみがちゃんとスタッフの目論み通りきちんと視聴者に提供出来ているのには感心したし、ストーリー上、超展開と受け止められてはいるが、偶然、結果的にそうなったわけではなく比較的コントロールが効いた上での展開のような感じ(映像にそれなりに力は入れてるだろうが、それぼどコテコテではなく、程よくストーリー展開に集中出来るような作り)があって、そういうスタッフの目論みをあれこれ邪推するのもいいんだけど、自分も物語に入り込んだ邪推もしてみたくなったので、書く。

るう子が何も願いがなくて、ただバトルが楽しい、という葛藤は、単純にカードバトルで勝つことが正しい、楽しい一般人からすれば別に葛藤にもならない普通のことなのに、「セレクター」とそこに付随する「都市伝説」的な何か(願いが叶う、云々)の作用によって、ただのウィクロスというカードバトルに強力なバイアスがかかって、「セレクター」という呪いの言葉に過剰に感化されて、るう子含め「セレクター」に関わったキャラがみんなで勝手に盛り上がったり、傷ついたり、ある種の強力な集団妄想にとりつかれた中でのドラマかな、と勝手に妄想してみた。8話までの話で言うと、ルリグもまた元「セレクター」かもしれないし、そうするとこれはまたエグイ話だなあ、とも思う。こういう邪推の仕方はあまり面白くないかもしれないが。

セレクター」内部のキャラとその周辺のキャラとの人間関係上の軋轢も執拗に描いていて、そのあたりは実に岡田麿里っぽいし、その都度その都度色んな妄想しつつ、続きが楽しみな作品である。

selector infected WIXOSS

元々selectorのプロデューサーが、某時事放談http://www.norainu-jiji.com/)の通称偽まる氏で、ここ最近毎回聴いて彼の解説から、実際上の「ウィクロス」販促は必要であるが、偽まる氏は自分はビデオメーカーの人間だから、ドラマ重視で「映像パッケージの販促」に徹していいかと、スポンサーサイド(タカラ時代からのタカラトミーの大らかさもあるかもしれないが)に相談したところ即了解が得られて、その路線で進めることにしたらしい。
あとはアニメ版の現場の問題で、脚本の岡田麿里については他作品でいろいろ重い展開で言われてはいるが、5話までの展開を観る限りは、プロデューサーは、ジェットコースター路線だったりしたりまたは昼ドラのノリや「カイジ」的な要素を盛こもうとしているらしくその意図からすれば、理屈で考えたらキツイ展開なのだけれど、映像の実際の感触からすると、個人的には、それほど重くない気がした。以前の、例えば「ブラック★ロックシューター」の、ビジュアルのそれこそギチギチなクオリティに加え、ホラーとしか思えないギスギスなドラマも相まって、視聴者が息抜きする余裕すら与えない非常にストレスフルな作品に比べれば、今作はミステリー要素も持ちつつ「昼ドラ」的なマンガ的な緩さもあり(キャラの親しみやすいビジュアル)、偽まるプロデューサーと、監督の佐藤卓哉と、岡田麿里三者の合議制でコントロールされ作られたような気がする。実際は違うかもしれないが。

で、問題の、5話の設定後出し、願いが成就してもその後3回負ける、しかもさらにその願いがマイナスに作用する(でいいんだっけ)、しかもセレクターの連中は「初めから言えよ!」と言うのはもっともなことなのだが、カードの中でしゃべるキャラはかたくなに黙していたし、それは安易な後付設定ではなく、スタッフはそんな視聴者の反応をすでに予測して、カードの持ち主に話せない何らかの理由があるのではないか、と考えた方がアニメの楽しみ方として有意義なんではないだろうか。


オリジナルこその、スタッフと視聴者との思考実験遊びが良い意味で共犯関係を生んで作品に反映されたら良いんですが、もう間に合わないかな。

とにかく、アニメ人気で、元の商品のカードゲーム「WIXOSS」が売れたらいいですね。めったに無いかもしれないが、販促をあまり考えてなかったアニメのおかげで逆説的にカードがヒットすることも全くなくはないんじゃないんだろうか。



シドニアの騎士

3話までの印象。原作は未読だが、何となくアニメ版の描写から類推して原作のテイストもだいたい想像がつく。また、過去のロボットアニメや海外のSF映画等、映像的な参照例(宇宙空間、戦闘の描写など)は多いからそれらから引っ張ってくることは比較的容易なのかな、と思う。ほら、参照例が少なくて見たこともない世界観を映像化するのは非常に困難だからね。

キャラCGに関しては、個人的には以前から「手描き風」方向じゃなくて「人形アニメ」的な見せ方(演出)の方が最適ではないかと思っているが、手描きの補足としてのCG使用の場合は別として、オールCGの場合、ゲームのムービー方面のそれなりの進化もあったりして、その辺は自分は全く分からず片手落ちだから、正確な判断は出来ないなあ、と思う。それに加え、エンタメに徹した「人形アニメ」も自分の知る限り今ではほとんど見かけないし。そんな現状で、本作のキャラCGの印象は、ある程度手描きセルルック風でありながら「人形アニメ」的な動きもあり(それをCG技術の未熟さと取るかどうかで見方が変わるが)、独特のマッチング感があって個人的には好きだったりする。

豊崎愛生の両性具有者の芝居や、新井里美の新訳ゼータのファ・ユイリィに近い芝居もいい。

たまこラブストーリー

以前にも書いたかと思うが、個人的にTV版のアプローチの仕方がよく分からず、ずっと戸惑いが残ったままだった。具体的にはデラちゃんの役割がよく分からなかったというのもあるし、あの商店街自体にあまり魅力も感じられなかった。純真なたまこがその魅力を担保しているのかな、とも思ったのだが、ちと弱い気がした。

そのため、今回、劇場版で「たまこラブストーリー」というタイトルを聞いたとき、停滞しているように感じた物語がようやく動きだすんだな、個人的にTV版より素直に観られそうかなと公開前にすでに予想していた。

で、映画が始まって、TV版「たまこまーけっと」から分離された、前座である、たまこと商店街の人々から去ったデラちゃんの南の島(でいいんだっけ)での回想(TV版を観ていない層への説明を兼ねた)短編は本編の「たまこラブストーリー」への導入として上手く機能しているのは良かった。

たまこラブストーリー」本編自体は、冒頭でTV版と同じようなノリがしばらく続くので、「けいおん」の劇場版と同じく変わらないのかなあ、思っていた矢先、ネタバレになるから避けるが(といっても「ラブストーリー」だがら予想はつくよね)、あるきっかけでたまこの中で変化に対する戸惑いみたいなものが生まれ、自分の中で上手く処理しきれず、自分の内面を初めて?見つめる?ことになるからなのか、商店街に感じていた、あくまでたまこが感じていたらしい、居心地の良さが一瞬色あせたりして、個人的にTV版であの商店街自体にあまり魅力も感じられなかったこともあって、ああ、いい展開だと初めて納得出来た描写だった。

とはいっても、TV版から地続きなところもあるわけで、じつはTV版の印象がだいぶ朧気になっていることもあるのと、まだネタバレになるかもしれないので詳しくは言わないが、TV版で描かれた登場人物のエピソードを上手く利用しながら、ドラマをちゃんと昇華させていった印象があった。申し訳ないが、個人的に各キャラにあまり感情移入出来なかったので、キャラ語りは出来ないのだが、凝った演出、カメラワーク等は結構面白かった。そういう意味では予想通り演出、映像の技術面に関しては素直に観られることが出来た。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。9巻

いい意味で愚直な展開。
50近くの自分が、珍しく登場人物に共感出来ていたシリーズなのだけれど、今回は高校生である「今」しか出来ない問題の収め方を描いていて、そのリアルではないがファンタジーでもない分際をわきまえた「謙虚さ」に気持ち良く突き放されるところがあって、読後感は悪くはなかった。
次は葉山の抱える問題をどうするのか、という話になるのかな。